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大学生活3年目

・大学3年生になり、研究室の事を意識し始める。また、就職か大学院かでも迷う。当時は公務員にも興味があったため、髪型などにも悩む。

・3年生になると、高専などから編入してくる人が多く、10人ほど第一領域のメンバーが増える。その中で、アッキーと西村さんに出会う。二人とも今まで大学にはいないタイプで、刺激と影響を受けました。

・3年生の演習は、東京の下町京島についての演習課題。前半課題のグループはタカテ君、野口さん、野崎さん、僕でした。みんなで、交通量調査や現地の町歩きなどをしました。京島のサイゼリアは僕達のたまり場となっていました。

・京島にある宝通りをグループのキーワードとし、後半の個人課題ではそれぞれが提案していきました。その結果、グループではありますが、講評会に出ることができました。初めての体験であり、とても緊張したのを覚えています。また、発表が終わってからも、色々な先生が話しかけてきてくれて嬉しかったのを覚えています。

・大学3年生の大半はタカテ君とタクチャンと遊んでいました。しかし、タカテ君は布野君をきっかけに、シュンスケ君、ヨウ君、タニ君、メシ君などと仲良くなっていきました。僕はそれをまた遠くから眺めていました。

・そして、この頃タカテ君と喧嘩のようなものをしました。喧嘩をした次の日の授業後に千葉にあるおっちゃんの古着屋に行く予定を前にしていたので、「古着屋行こう」と言いました。タカテ君は「うん、行こう」といいました。仲直りしました。

・夏休みが終わり(あまり休みの事は覚えていません・・・)後期が始まる。

・この頃、実家からの電話で祖父がもう長くないと伝えられる。

・後期の演習課題。対象地は東京の浅草~押上付近。前半のグループはタカテ君、原田さん、野崎さん、僕でした。前半課題は先生方にとても怒られました。これはレベルが低すぎると・・・。僕達の班だけ再提出になってしまいました。その頃、研究室の配属もあり、第一希望の北原研究室に配属となりました。第一希望しか書いていなかったのでハラハラしていました。、野口さんも同じ研究室に配属となりました。

・後期演習の後半課題、前半のグループをもとに、私は隅田川沿いのホームレス問題に取り組む事にしました。

・この頃は毎週、時間を見つけては祖父に会いに和歌山へ帰っていました。それが1ヶ月ほど続き・・・。和歌山~千葉に帰ってきてすぐに祖父が危篤状態になったと伝えられました。講評会の最終発表を1週間後に控えていました。急いで新幹線のチケットを買い、新幹線の中で演習課題をやりながら和歌山に帰りました。祖父はもう話すことは出来ず、手だけを動かせる状態でした。3日前までは普通に話していた祖父の変わりように大変ショックをうけました。僕が顔を見せて手を握ると、気がついたのか手だけをギュッと握り返してくれました。きっと僕を認識してくれているんだと感じました。口が少し動いていました。何か言っているのだと思いました。その夜、祖父は亡くなりました。次の日に通夜をし、また次の日に葬式をしました。そして次の日に千葉に帰り、最終発表の準備をして、最終発表に挑みました。結果、初めての個人発表として講評会に選出されました。とても嬉しかったですね~。

・3年生も終わり頃になり、布野君、シュンスケ君、ヨウ君、タニ君、メシ君辺りと少し話すようになる。

・タクチャンは大学院に合格し、順調にバンドを続ける。(タクチャンは僕の一つ上なのです)

・僕は大学院に行こうと思い始める。タカテ君はインターンシップを始める。二人の進路が分かれはじめた頃でした。

・そして、未来の自分に期待して、4年生になっていきます。
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